配信
8月12日(水)配信 株式会社WYS Relation 代表取締役 武子 仁大 さん
一人では九十人は動かせない。仙台育英のキャプテンが、日韓をつなぐ会社をつくるまで。
株式会社WYS Relation 代表取締役 武子 仁大 さん
2026年7月30日 収録 / 聞き手:皆藤愛子
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「本気になれば、世界が変わる」
略歴
武子 仁大 (たけし・よしひろ)
株式会社WYS Relation 代表取締役
日本生まれ。母は韓国出身のメイクアップアーティストで、未就学期を韓国で過ごしたのち4歳で帰国。宮城県の仙台育英学園高校では硬式野球部に所属し、甲子園にも出場。3年時には約100人の部員をまとめるキャプテンを務めた。法政大学卒業後は大手銀行に勤務し、30歳で化粧品の企画・開発を手がける会社へ移る。その3年後の2023年、タレントのマネジメントやキャスティング、メーカーの海外進出支援などを行う株式会社WYS Relation(ワイズリレーション)を設立した。実弟とともに経営にあたり、韓国・台湾・香港のパートナー企業との協業のほか、米国向けマーケティングにも取り組む。
Field Note取材メモ
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01
厳しい方を選んできた
選択肢があったなら、どちらかというと厳しい方を。そこで作ってきた自信が、今も生きている。
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02
初日でピッチャー引退
仙台育英の入寮初日、十人が並んで投げた。周りがすごすぎて、その日のうちに監督へ直訴した。
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03
九十人は一人で動かせない
ランニング、ストレッチ。分野ごとにリーダーを任命したら、責任と自覚がそこに生まれた。
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04
本気になれば世界が変わる
世の中が変わるわけではない。でも自分と周りが見る景色は変わる。変わらないなら本気じゃない。
対談
皆藤:みなさん、ご機嫌いかがですか。皆藤愛子です。「皆藤愛子のFIELD NOTES」、今回のゲストは株式会社WYS Relation(ワイズリレーション)代表取締役の武子仁大さんです。よろしくお願いいたします。
武子:株式会社WYS Relationの武子仁大と申します。よろしくお願いします。
皆藤:タレントのマネジメントやキャスティングを手がける会社ということですが、事業内容や特徴を教えてください。
武子:プロダクション事業としてタレントのマネジメントをやっていますけども、あとはメーカーさんのPRやキャスティング。それから、メーカーさんの海外進出のお手伝いといった分野もやらせていただいております。
皆藤:会社はご兄弟で経営をされていらっしゃるんですか。
武子:そうです。弟がもともと芸能業界に10年ぐらいマネージャーをやっておりまして、そのネットワークや人脈、ノウハウがありましたので、一緒に立ち上げて。ただ、私は金融機関出身というのもあるので、分野が被っていない。そこが今すごくシナジーがあるというか、合っている部分かなと感じております。
皆藤:お仕事をされている中で、大切にされていることというと何ですか。
武子:昔、高校野球をやっていたというのもあるんですけど、常に挑戦をし続けること。世の中が目まぐるしく変わっていく中で、チャレンジをしていかないと置いていかれる。挑戦することで新しい領域に踏み込んでいけますし、それが後々、点と点がつながると信じてやっております。
皆藤:でも挑戦って、メンタル的にもパワーがいるというか。心が折れそうになることとかは。
武子:多々ありますね。ただ自分の人生を振り返ってみると、選択肢があったとしたら、どちらかというと厳しい方を選んできた。そこで作ってきた自信が、今も生きているのかなと思っております。
皆藤:海外との連携もおありだということですが、具体的にはどういったものなんですか。
武子:日韓のハーフっていうのもあって、もともと韓国とはアイデンティティのところも含めて関係がありまして。まずは日韓でというところで、お互いのタレントのマネジメントなどのパートナー会社を持っていて、協業することも多いです。その他にも台湾、香港。それから韓国の企業と一緒に、アメリカのマーケティングをこれからやっていこうと取り組んでいるところですね。
皆藤:プロダクションはいろいろあると思いますが、強みはどこにあるとお考えですか。
武子:ご縁をいただいたタレントさんに対して、タレントファーストというところを忘れずに一人ひとりと向き合う。どういう方向に向かっていきたいかに耳を傾けて、一緒に成長していける。だからこそ少数精鋭でやっています。あとは国内だけじゃなく、グローバルにという視野を持ってほしいので、その環境を作ってあげられるように今努力中です。

皆藤:海外の芸能の情報も入ってきて、目指したいという方も多いですよね。
武子:韓国をベンチマークとして見ると、エンタメの発信力がものすごい。フォロワー数を見るだけでも桁が1つぐらい違っていて。ただ韓国は日本より人口も半分ぐらいで、国土も小さい。じゃあなんでそんなに強いかというと、自らグローバルに挑戦するというのがマインドとしてある。日本にも素晴らしいカルチャーがあって、メイドインジャパンというステータスは海外でものすごく強いので、もっと出ていってほしいなと。
皆藤:武子さんは日本で生まれて、小さい頃は韓国で過ごされています。そもそもなぜ韓国へ行かれたんですか。
武子:母親が韓国人でございまして、もともとメイクアップアーティストをやっておりました。当時はまだそういう職業がなかった時代で、ある意味その第一人者みたいな形で、仕事がとても忙しかった。父親は日本で事業をやっていましたけども、どうしても母の元で子供を育てた方が、というところで、一緒についていったと聞いております。
皆藤:お母様は、韓国のタレントさんのメイクをされていたんですか。
武子:キム・ミスクさんという大女優の専属だったり、あとはイ・ビョンホンとか。私もよく現場に行った記憶がかすかにあって、撮影の現場が子供ながらに新鮮に、かっこいいなと見えたんだと思います。その場にいるだけでエンターテインメントを感じるじゃないですけど、みんなでその空間を作るみたいな。自然とやってみたいなと思えた幼少期だったのかなと。実は今も、母親とは化粧品の開発を一緒にやっていて。月日が経って何か一緒にできるというのは、一つ感慨深いですね。

皆藤:小学生の頃は、どんな少年だったんですか。
武子:その時はまだ日韓がそんなに交流がなかったんですね。二〇〇二年のワールドカップを機に文化が交流し始めたので、小六ぐらいまでは韓国というのがそんなに浸透していなかった。なので母親が心配していたのは、例えばいじめだとか。そうされないように空手を習わせたりしていました。ただ、僕自身が小六で身長百七十ぐらいあったんです。だからそういった問題は一切なくて、むしろ目立っちゃうという感じでございました。
皆藤:高校は、甲子園の常連校として知られる宮城県の仙台育英学園高校に進学され、野球部に所属されていました。ポジションはどちらだったんですか。
武子:最終的にはレフト、外野でした。もともとはピッチャーで入ったんですけど、僕は茨城県から行っているので寮に入ったんですね。まず一週間ぐらい慣れるための仮入寮があって、初日の練習でピッチャーが十人ぐらい並べられて投げて、その当日に僕はピッチャーを引退しまして。周りがすごすぎて、ここでマウンドに立っちゃダメだなと思って、その日のうちに監督に直訴しました。今日でピッチャーをやめて、野手になりますと。
皆藤:そして三年生の時には、その大勢の部員をまとめるキャプテンを務められたと。いかがでしたか。
武子:まさか自分がなれるとは思ってなかったです。百人近い部員をどうまとめようかと、日々試行錯誤でした。ありがたいことに、仙台育英の野球部は監督の指導方針が「社会に出てもちゃんと通用する大人になりなさい」と。野球以前にまず人間教育を徹底的にされていたので、人と人の繋がりや、応援や、感謝を日々温かく教育してもらいました。
皆藤:では、人をまとめることの大切さを学ばれたというのも大きかったですか。
武子:大きかったですね。一人でこの九十人を動かすというのは不可能だったので、中核となる役割を部員一人ひとりに与えて。ランニングのリーダー、ストレッチのリーダーというのを自分なりに考えて任命をしました。同級生が28人ぐらいいたので全員には振れなかったんですけど、この分野はあなたがリーダーですよという形にすることで、そこに責任が生まれますし、自覚も生まれます。ある意味、組織みたいなところを作れていたのかなと。部員も積極的になって、そこはすごく良かったなと思ってますね。

皆藤:そして、その野球の道には進まずに、金融の道へ進まれたということで。
武子:野球は高校3年生の時に、ご飯を食べていくのは厳しいと感じました。同期に佐藤由規というピッチャーがいて、彼が今も甲子園記録を持ってるはずなんですよ。同世代でいうと中田翔とか、菅野とか小林とか。そういった方々を間近で見ていたので、野球をやってる者だからこそわかる力の差を感じていた。このまま野球でいっても活躍する確率はゼロではないけど、他の世界で勝負した方がいいのかなと思って、選択をしました。
皆藤:高校生で客観視されていたのがすごいですね。そして銀行にお勤めのあと、起業をされます。
武子:もともと事業に対する思いはありましたし、世界を広く見たいというのもあったので。30歳の時に銀行を転職して、今も化粧品の開発をやっている会社に兼務で入っているんですけども、その三年後に会社を設立しました。
皆藤:それはどんな経緯だったんですか。
武子:ものづくりをやっていたんですけども、ものをグローバルにというのは難しいんですね。エンターテインメントはボーダーレスというか、境界線がすごくない。自分がやりたい日本の文化を外に発信するためには、この事業が一番いいんじゃないかと決意をしたところでございます。
皆藤:武子さんのお話を伺っていると、全部がつながってるなという感じがすごくしますね。
武子:それが点と点なのかはわからないですけど、その時々の決断を後ろを向かずに信じてやってきたからこそ、つながってるのかなという気もしますね。
皆藤:これから先はどんなことを目指していきたいと考えていらっしゃいますか。
武子:日本に対してすごく愛着もありますし、日本の文化をもっと広げていきたいと思ってます。今やっているアメリカ向けのマーケティングや、ご縁をいただいたタレントさんがグローバルで活躍することで、より挑戦しがいのある、夢を持ってできるようにしていきたいなと。
皆藤:最後に、生き方で心がけていることや、大切にされている言葉を教えてください。
武子:二つに絞らせてもらうと、一つは、これも高校の監督から教わった言葉ですね。「運命を愛し、希望に生きる」という言葉があります。
皆藤:運命を愛し、希望に生きる。
武子:全てのことに対して肯定的に受け止めて、それを愛することで、そこには希望があるので。希望を持って生きることで、人生はいい方向に繋がっていくのかなと思ってます。もう一つが「本気になれば世界が変わる」。本気になることで世の中が変わるわけではないんですけど、自分が見てる世界や、周りの方々が見てる景色は変わると思うので。変わらないのであれば本気になれてない証拠ですし、本気になることで、そういった世界は変えていけると常々思って取り組んでおります。
皆藤:ありがとうございます。「皆藤愛子のFIELD NOTES」、ゲストは株式会社WYS Relation代表取締役、武子仁大さんでした。ありがとうございました。
武子:ありがとうございました。