配信
8月26日(水)配信 医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ 理事長 井上 哲兵 さん
専門性の高い呼吸器疾患の治療を、街中のクリニックへ。
医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ 理事長 井上 哲兵 さん
2026年8月11日 収録 / 聞き手:皆藤愛子
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「全ては患者様の未来のために」
略歴
井上 哲兵 (いのうえ・てっぺい)
医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ 理事長
1984年、神奈川県三浦市生まれ。祖母が内科医、父が歯科医という家庭に育つ。浅野中学・高等学校を経て、2009年に聖マリアンナ医科大学医学部を卒業。同大学病院で研修医、呼吸器内科助教などを務め、国立病院機構静岡医療センター呼吸器内科医長を経て、2019年、神奈川県三浦市に三浦メディカルクリニックを開院した。現在は医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ理事長として、2024年に横浜、2026年1月に品川へとグループを広げ、自由が丘の開院も控える。聖マリアンナ医科大学呼吸器内科の非常勤講師を兼任。医学博士、日本呼吸器学会呼吸器専門医。
Field Note取材メモ
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01
数週間を、1時間に
紹介状を書いてCTを撮って治療へ。ふつう数週間かかる流れを、その日のうちに終える。
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02
最初の接点になる
地域医療は患者様と医療の最初の接点。そこでの方針立てが、その後の治療結果を大きく変える。
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03
高3の夏、1か月の入院
足の裏の腫瘍で入院した病室で、働く医師たちの姿を見た。医学部受験を決めたのはそこから。
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04
思考は現実になる
人は想像の範囲内でしか成長できない。だから経理も人事も国の制度も学ぶ。
対談
皆藤:みなさん、ご機嫌いかがですか。皆藤愛子です。「皆藤愛子のFIELD NOTES」、今回のゲストは医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ理事長、井上哲兵さんです。よろしくお願いいたします。
井上:よろしくお願いいたします。井上でございます。
皆藤:まず、井上先生が理事長を務める医療法人社団南州会は、どんな医療グループなのか教えていただけますか。
井上:総合的に内科を提供する医療法人なんですけれども、内科の中でも呼吸器疾患に強みを持っています。呼吸器専門医がグループ全体で常勤7名、非常勤まで入れると総勢30名近い医師が在籍しております。
皆藤:病院名の前によく「何とか会」とついていますよね。あれは。
井上:法人の名前で、これで登記されているんです。南州会も父が昭和55年に創業した法人で、父が鹿児島出身なので、西郷隆盛、西郷南洲から来ているようです。

皆藤:もともとはお父様が三浦市で歯科医院をされていたということですが、その歯科医院は今は。
井上:歯科自体は閉じたんですけども、患者さんが困るので、姉夫婦が歯科医なので、そちらに移っていただいて。残った南州会の箱を、歯科から内科に業態変更して今は運営しています。
皆藤:井上先生は呼吸器内科がご専門ですが、歯科医は目指されなかった。
井上:私は幼少期、いわゆるおばあちゃん子でして、祖母が内科医をしておりまして。その影響からか、自然と歯科ではなく医師の道を志すようになったんですね。
皆藤:風邪で咳が長引いたとき、呼吸器内科なのか耳鼻咽喉科なのか迷うことがあるんですが、どうしたらいいですか。
井上:正直申し上げますと、どちらでもいいとは思うんですが、強いて言うなら夜間の咳症状の強さですね。夜に向かって咳が強くなる、横になると咳が強くなる、咳で夜起きてしまう。あるいは咳が2週間以上続く場合は、呼吸器内科がいいのかなと。咳が強いか、長いか。そこで受診先を決めていただくのがいいかと。
皆藤:「こんな症状はご相談ください」にくしゃみもあるんですが、これも呼吸器内科ですか。
井上:くしゃみの原因がアレルギーの可能性がある場合は、呼吸器内科というよりアレルギー科ですね。我々の法人はアレルギー科も標榜しておりますので、もちろんご相談いただけます。
皆藤:私の技なんですけど、くしゃみが出そうなとき、鼻の下をカトちゃんペみたいに押さえると結構な確率で止まるんです。あれはどういう仕組みなんですか。
井上:仕組みはパッと出てこないんですが、それ、僕も外来中にやります。患者さんの前でくしゃみをするのも申し訳ないので、マスクの上から押さえて止めたり。医学的なメカニズムはわからないんですが、僕はやってますね。

皆藤:2019年に三浦メディカルクリニックを開院され、院長を務めていらっしゃいます。こだわっていること、力を注いでいることを教えてください。
井上:最大の強みである呼吸器診療、特に気管支喘息などの咳を主訴とする疾患では、呼吸器疾患の治療や精密検査を最も患者さんに近い場所で提供しているという自負があります。
皆藤:そういった医療は大学病院や総合病院のイメージで、待ち時間も予約も大変ですよね。
井上:その通りだと思います。現代においても、呼吸器疾患の治療は総合病院や大学病院のもの、というのが常識ですよね。しかしながら大病院を受診するには紹介状と予約が必要で、受診できるのは平日の午前中だけだったり、検査結果の説明で何回も通わなくてはならなかったり。立地が悪いことも多いんですよ、駅からバスに乗って、とか。忙しい現代社会人にはかなりのハードルです。そこをブレイクスルーしたいと考えて、呼吸器疾患の治療と患者さんの距離を近くするにはどうしたらいいかを経営の中核に置いたんです。大学病院レベルのCTを備えて、呼吸器専門医や内科専門医が診察すれば、総合病院でしか提供できなかった精密検査や専門的な呼吸器疾患の治療がクリニックでもできる。それが駅前や市の中心にあれば、忙しい人の健康をより強く支えられるんじゃないかと。
皆藤:具体的には、どのくらい違うものなんですか。
井上:CTを撮ろうと思うと、一般の患者さんは、かかりつけの先生がCTの必要性を判断して紹介状を出すので、ハードルが高い。一方で我々は呼吸器専門医が外来にみんな立っていますので、その場でCTが必要だと言えば、その日のうちに撮れます。そのまま専門医が読影して、患者様にお伝えして治療に役立てる。紹介状が出て、CTを撮って、検査治療まで行くのに3週間かかることを、我々は1時間でやるようにしています。
皆藤:地域医療に強い思いを持つようになった背景に、きっかけは。
井上:地域密着の歯科医院の息子という点と、祖母が医師で、横須賀市の保健所の所長をしていたんですよね。市民の皆様に接する祖母の姿を直接見ていて、地域医療に魅力を感じていたのが一つ。あとは医者になってからの実体験として、地域医療は患者様と医療の最初の接点だと感じていたんですね。最初の方針立てが間違っていたり曖昧だったりすると、総合病院に引き継いだときの結果に大きく影響してしまう。逆に最初の方針立てが素晴らしいほど、結果が良好になっていく。それをよくよく経験したのが大きいですね。
皆藤:具体的には、どういったことがあったんですか。
井上:2週間以上咳が止まらない方は、肺がんや間質性肺炎、喘息といった大きな病気をまずチェックしなければいけない。いろいろな病院を転々と回って「風邪だ」と言われてきたけれど、うちに来たら実は大きい肺がんがありました、と。レントゲンではわからない位置にあったりするんです。すぐ紹介状を書くから行ってください、と送り出して、後々手術がうまくいって、ありがとうございましたと言われることがありますね。

皆藤:ここでプロフィールを紐解いていきます。1984年、三浦市のお生まれ。子供の頃はどんなお子さんでしたか。
井上:私、4人兄弟の末っ子で長男なんですよ。姉が3人。姉3人の要望がまず通って、僕の希望なんて通らないというのをずっと過ごしてきました。兄弟が多すぎて、両親は姉たちに、私はおばあちゃんに、みたいな感じで。生粋のおばあちゃん子だったのをよく覚えています。兄弟ゲンカがあると、すぐおばあちゃんの部屋に逃げ込む甘ったれでした。
皆藤:将来お医者さんになろうと思われていたのは、いつ頃からだったんですか。
井上:父の姿や、医師だった祖母の影響もあって、なんとなく幼少期から自分は医師になるんだろうなと思っていたんですよ。ただ中学生のときに飛行機が好きになって、一時期パイロットになりたくなって。航空大学校の資料を取り寄せたら、視力で引っかかって。当時はダメだということで諦めるしかなく、やっぱり医師の道だと思い直した形ですね。
皆藤:覚悟が決まったのは、どんなときでした。
井上:中高が割と進学校だったので、周りに釣られてなんとなく勉強は積み重ねていたんですね。でも本当に医学部を受験しますと決めたのは高3の夏で、かなり遅いんですよ。実は左の足の裏に軟部腫瘍ができて、歩くと痛みが走る状況になって、高3の夏に手術で1か月入院していたんです。結果的に良性だったんですけども、そのとき先生たちの働く姿を見てすごいなと思って。自分もこうなりたいと、医学部を受験しますとしたんですよね。
皆藤:聖マリアンナ医科大学医学部へ進学されます。どんな学生生活だったんですか。
井上:僕は入学するときから開業医になると決めていたんですよね。当時は「救命病棟24時」を見て、みんな救命救急医、心臓外科医になりたいと言っていたんですけど、僕一人だけ開業医になりますと自己紹介で言っていたのを覚えています。めちゃめちゃ珍しかった。開業医に必要そうな分野は特に熱心に勉強していたと思います。
皆藤:これまでを振り返って、一つの転機だったと思われる出来事は。
井上:医学部は卒業後に研修医を2年やって、専門とする科を決めていくんですが、研修医のときに呼吸器内科を選択したことかなと。選んだ理由は、見ることができる疾患の幅が極めて広いんです。がん、肺炎などの感染症、喘息を含むアレルギー疾患、免疫疾患。他の科にはない特性があって、そこに魅力を感じたんですね。いいなと思って入ったんです。そうしたら、幅が広いということは、覚えなきゃいけないことが膨大だったんですよ。あれ?と。入局してしまった手前、もう辞めますとも言えないじゃないですか。なんとか乗り越えられて、その大変さがあったからこそ、今の診療の幅につながっているのかなと。
皆藤:ご自身の生き方で、常に心がけていらっしゃることは何ですか。
井上:最近よく意識しているのは、思考は現実になるということなんですよね。思考の中に未来があるというか、人間は想像の範囲内でしか成長できないじゃないですか。だとしたら、想像の範囲を広げる努力が大事かなと。そのために、医学のことはもちろん、経営者として経理や人事、社会情勢、国の制度も積極的に学ぶよう心がけています。
皆藤:今後のビジョンや夢がありましたら教えてください。
井上:笑われるかもしれないですけど、咳や喘息などの呼吸器疾患で困る全ての人を救いたいと本気で思ってるんですよ。思考は現実になると思っているので、同じ志を持つ仲間を集めながら、日本に住む人々の日常を呼吸から支えていきたいなと。
皆藤:では最後に、大切にされている言葉を教えてください。
井上:「全ては患者様の未来のために」という言葉を、私は大切にしています。健康であるうちは、それが全てではないとみんな思っているんですよ。でも、ひとたび健康を失えば全てを失ってしまうのが怖いところ。患者様がそういう思いをしなくていいように、未来も元気で人生を楽しめるようにするために、我々がいるんだと。その思いでこの言葉を大切にしております。
皆藤:「皆藤愛子のFIELD NOTES」、ゲストは医療法人社団南州会 フロントクリニックグループ理事長、井上哲兵さんでした。ありがとうございました。
井上:ありがとうございました。